「マナー」について #8
河原一久
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。
もう一つ、変なマナーを紹介しよう。
「握り寿司の食べ方」に関するものだ。
元々は屋台のファストフードだった握り寿司は、だから手で掴んで食べるのは銀座の超高級店でも全然OKだし、上品に箸で食べてももちろんOKだ。
ただ、以前からとんでもない説、というか正式に教えているところもあるので困ったものだが、とにかく無茶苦茶な食べ方を「作法」と称している人がいて、これが以前には厚労省公認のマナー本にまで掲載されていたことがあるのだ。
問題の食べ方とは、こんな具合だ。
まず目の前に置かれた寿司の上部のネタを箸で剥がす(この時点で寿司屋の作法としては最悪なのだが)。
続いてむき出しになったご飯を箸で2つに分割する(ご飯の量が多いと感じる人の場合らしい)。
半分になったご飯を剥がしておいたネタで箸を使って包み、醤油皿の醤油につけて食べる。
残ったご飯は食べてもいいし、残してもいい・・・というものだ。
とにかく突っ込みどころだらけなのだが、主な点を指摘してみると、まず「ご飯が多い」と感じたなら、その旨、寿司職人に言えば小さめに握ってもらえるものだ。
店によっては最初の1カンを食べてもらってから、「これがウチの標準なんですが、ご飯が多いようでしたら小さくしましょうか?」と聞いてくれる。
そしてそもそも「ネタを剥がす」という行為が言語道断で、ご飯とネタを絶妙な力加減で1つの「握り寿司」にするのは素人にはできない技だし、これによって「刺身」と「ご飯」は「握り寿司」という商品になるのだから絶対にやってはいけない行為なのだ。
この一連の「剥がしてご飯を半分にして」という食べ方は、関西の押し寿司の場合には昔からある食べ方で、それを江戸前の握り寿司にも適用できるだろうと考えた、「無知なマナー講師」が広めてしまったもののようなのだ。
くれぐれも信じないように。