
「マナー」について #7
河原一久
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。
これも80年代の実体験なのだが、ある時、友人らと喫茶店に入ってお茶をすることになった。
少し小腹も空いていたけど食事を注文するほどではなかった。
というわけで、手堅く「ケーキでも食べよう」という話になった。
各自、思い思いのケーキとコーヒー(または紅茶)を注文、ほどなくしてそれらの品がテーブルへ運ばれてきた。
皆、会話を続けながらケーキを食べ始めようとしたのだが、この時、一人の友人の行動にその他全員の目が釘付けになった。
皿に載せられた一切れのケーキの周囲には透明なテープのようなものが貼られていることが多いが、この店でもそうだった。
これは「ケーキフィル」という業務用製品なのだが、友人の女性はこのケーキフィルの端の部分にフォークを差し込み、これを器用に、そして上品にクルクルと回しながら巻き取っていったのだ。
ちょうどコンビーフの缶を開ける時に帯状の部分を巻き取っていくのと同じ要領だ。
実はこの「ケーキフィル剥がしの技法」は当時からマナー教室では「ケーキを食べる際の正しい作法」として教えていたものだったのだが、それを優雅に実践して見せてくれた彼女には気の毒だったが、僕らは大爆笑してしまったのだ。
この爆笑には2つの意味があって、一つは「こんなことまでマナー教室では教えるのか!?それにしても変な方法だ」という驚きで、大半がこの意味でのリアクションだった。
もう一つの意味は「そもそもこれはマナー教室の教え自体が間違っているので、それをお金を出して学んで信じてしまうという世の中の流行が滑稽だ」という呆れの感覚だった。
だって、そもそもケーキフィルはあらかじめ切り分けておいたケーキが隣同士でくっついてしまわないためのツールだし、街の喫茶店はともかく、マナーが要求されるような店ならば、テーブルに運ばれる前に取り外しておくのが普通だからだ。
まさに珍妙なる作法の一つだと思う。