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2023.06.21

「マナー」について #2

河原一久

1965年神奈川県生まれ。
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。

リュック・ベッソン監督の映画「ジャンヌ・ダルク」の冒頭に、兵士が襲った村で食事をする場面が描かれる。
そこで彼らは料理をテーブルにぶちまけて手づかみで食べるのだが、これは兵士らが「野蛮である」ということを描きたかったわけではなく、当時はみんな「そうやって食べていた」というだけのことだ。
イタリア人はフォークを巧みに操ってパスタを食べるが、これも昔は手づかみで高く持ち上げて口に落とし込んで食べていた。
そういった意味では、日本では奈良・平安の時代から箸を使っていたので、食事における作法(マナー)の文化はかなり昔からあったと言える


長年鎖国していた日本は幕末に黒船が来航したことで変革が強いられることになるが、テーブルマナーも習得することが急務となった。
ペリーの舟で行われる食事会に招待された幕府の面々は、西洋に渡航経験のある者が指導者になって、十手(ナイフの代わり)と孫の手(フォークの代わり)を使って特訓をしたのだという。


この「西洋式テーブルマナー」に対するある種の畏怖の念は今も変わらず、「ナイフとフォークは並べられている外側から使うこと」といった記事も多い。
だが、テーブル上にナイフやフォークがずらりと並べられている場合は、主として結婚披露宴などの席であることが多く、それは「大勢の招待客に対するサービスには限界がある」ため、「あらかじめ先に並べておく」という特別な事情(悪く言えば手抜き)によるもので、その使い方は「マナー」というよりは「手順」と呼んだ方が正しいだろう。
厳密に言えば西洋式マナーにも英国式、フランス式など国ごとに細かな文化的違いがある。
でもそんなこといちいち細かく憶えていられないから、社会人としての一般常識、つまり「他人を不快にさせない」ということさえわきまえていれば問題ないと思う。
では和食に関してはどうか?実はこちらもかなり怪しい状況なのである。