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2023.12.06

「マナー」について #13

河原一久

1965年神奈川県生まれ。
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。

問題の場面は、3人のギャングと家庭教師がシャンパン、国王がジュースで乾杯をする場面。
要するに「大人たちのグラスの持ち方が間違っている」というのだ。
ワイングラスには大きく分けるとワインを注ぐ部分である「ボウル」、ワイングラスの脚の部分となる「ステム」がある。
一般的には「ステム」の部分を持つことが「正しい」とされているのだが、舞台では全員が「ボウル」の部分を持っていた。
だからこれは「間違い」だというのだ。
もちろん、そんなことはないし、これはわざわざ「ボウルを持つように」と演出したものだった。


いったいなぜ「ステムを持つのが正しい」というマナーが日本で定着してしまったのかは明確ではないが、
①ソムリエがステムを持ってテイスティングをしているのが格好いいから
②なんとなく上品に見えるから
という理由からマナー講師たちが決めてしまったんだろうと思う。
海外の映画で乾杯をしている場面を注意してみれば一目瞭然なのだが、ステムを持って飲んでいる人なんて誰もいない。
また、例えば海外からの国賓が来た時など、迎賓館などでは歓迎の晩餐会が開かれるが、ここでは皇族も含めほとんどの人がボウルを持って乾杯をしている。
中にはステムを持っている人もいるが、大抵は大臣や国会議員たちなのはご愛敬だし、けっこうな確率で「小指を立てて」いる人がいるのが面白いと思う。


レオナルド・ディカプリオ主演の映画「仮面の男」では、この「グラスの持ち方」を教える場面があるが、ここではステムを持つように教えている。
その理由は「王は庶民と同じ箇所には触れない」というものだった。
とにかく、この「ステムを持つ」という日本独特のマナーは長年の間、検証もされずに「権威あるマナー教室」によって定着し続けてきたのである。