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2023.02.10

世界と日本の差別の歴史 #8

河原一久

1965年神奈川県生まれ。
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。

「琉神マブヤー」はその後もシリーズ化されたり、映画化もされたのでその人気は本物だったし、沖縄出身の女性グループ「SPEED」のメンバーも「マブヤー大好き!」とテレビで熱く語っていたりしたのも幅広い人気の証だと思った。
でも自分がこの番組に打ちのめされたのはそこに多くの「沖縄の悲劇」が土台として見ることができたからだった。


多少ネタバレになるけど、この作品の場合は許されると勝手に判断して語らせていただくが、ヒーローものなのでこの「マブヤー」には倒すべき存在として「悪の軍団マジムン」が登場する。
確かに登場するんだけど、このマジムンは毎回負けるけれど、「誰も死なない」のだ。
マジムンらは沖縄の自然や文化などを破壊しようとするんだけど、マブヤーが毎回それを守る、というわけで、主人公は繰り返される闘いを通じて、沖縄の素晴らしさを再発見することになる。
そのことに彼は感謝さえしてしまうので、最終回ではマブヤーはマジムンたちに「にふぇー(ありがとう)」と言ってのける。
こんなヒーロー番組、あっていいのか?と、とにかく驚かされたものだ。


劇中では毎回沖縄古来の言葉である「うちなーぐち」が紹介される。
「てーげー(適当)」という言葉もそうだ。
あんまり固いことを言わず、何事もほどほどに「てーげー」な方がいい、というわけだ。
こうした「ゆるい感覚」は先の「沖縄タイム」にも通じるところもあるし、「マブヤー」と通して見ていくうちに、沖縄の文化に共通するこの「ゆるさ」は実のところ「やさしさ」が別の形態として根付いているのだと気づいてきた。