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2022.01.21

幸福の相対評価 #6

河原一久

1965年神奈川県生まれ。
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。

ロートレックの食に関する逸話には他にこんな話もある。


ある時、ロートレックは美食クラブのメンバーらを招いた食事会を自宅で開き、メンバーらはロートレックが用意した料理の数々(中には彼自身が調理したものもある)に舌鼓を打って賞賛の声を上げた。
そして、さあ次はデザートだ、という時になってロートレックは彼らに外出の準備をして外に出るようにと指示を出した。
訝る参加者らはロートレックに理由を尋ねると、彼は「デザートは別の所に用意してあるのさ」とだけ答えた。
そして彼の案内に従って数ブロック歩いた一行は、やがてロートレックの友人の家に到着する。
その家の居間に案内されると、そこにはロートレックが敬愛する別の画家の絵画が飾られていた。
「さあ、諸君。今日の夕食の最後を締めくくるのはこの絵なんだ。みんなで食後酒を楽しみながらこの素晴らしい絵を味わおうじゃないか」
このようにロートレックが語るとクラブのメンバーたちは皆、なるほどと納得してソファに腰を下ろしたという。


結局のところ、人間が食に関して得る感動には、その時々の空腹具合も大きく関係しているし、また精神的に満足できる良質な芸術もさすがにメインディッシュにはならないだろうが、デザート代わりにはなることをロートレックは証明して見せたと言えると思うのだ。
念のため言っておくが、ロートレック自身はいわゆる一般的にも「グルメ」とみなされるほど食通としての評価はあったし、彼の死後、彼や美食クラブの実績をまとめた「美食三昧 ロートレックの料理書」という書籍も刊行されている。


というわけで、何も有名な店や高額な料理を食べたり、行列に並ばなくても食事は楽しめるし、そこにバイクという要素が加わることで、可能性が一気に広がると思うのだ。