KIEN 働き方情報サイト

2023.05.03

縁とは #3

河原一久

1965年神奈川県生まれ。
著書に『読む寿司』(文芸春秋)、『スター・ウォーズ論』(NHK出版)、『スター・ウォーズ・レジェンド』(扶桑社)など。
監訳に『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ)。
財団法人通信文化協会『通信文化』に食に関するエッセイ「千夜一夜食べ物語」を連載中。
日本ペンクラブ 会員。

SNSなどを通じて狙われる「国際ロマンス詐欺」という犯罪が報じられる一方で、出会い系サイトで知り合って国際結婚し、すでに10年以上も円満な夫婦も私の友人にいる。
今や世界レベルに多様化もしてきている「縁」に向き合う時、私たちはこれまで以上に慎重に、しかし恐れずにいるべきだと思う。


「信じたい」「信じられない」この2つの感情の間に挟まって葛藤するのが人の性だ。
だが最終的に判断や決断を下すのは自分自身だ。
だからその責任を十分に自覚した上で、めぐり会った「縁」に飛び込んでいきたいものだ。


人は生まれながらにして善人だし、やっぱり「縁」という言葉には溺れやすいところがあると思う。
だから「溺れる」のではなく、そこを「上手く泳ぐ」ことを学べさえすれば、それでいいのだと思う。


では「上手く泳ぐ」ってどういうことなのだろう。
それが明確に言えたら苦労などしないのだが、今の自分に言えるとしたら、「適度な距離感を保つ」ということなんじゃないかと思う。
「袖振り合うも多生の縁」という言葉は、「袖が触れあうようなことでも前世からの因縁によるものだ」という意味で、輪廻を繰り返す中での人との出会いに価値と意味を見出す仏教の世界観を表したものだ。
だからやはり「縁」という言葉には運命的なものがあっていいと思うのだが、それが真に「運命的なものだった」なんて認識できるのは、それこそ人生も終わりに近づいていった頃になるのではないか。
そんな悠長なことを言っていられるほど、我々の人生に余裕はない。
だから「縁」を「運命」にまで昇華させていくには工夫が必要となる。
それは自分自身がひとつひとつの「縁」を大事に見据え、それを自らの意思で焦らずに育てていくことだと思うのだ。